Walking wounded

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カテゴリ:Music( 14 )

ライブ

お世話になっている方のハマーに拉致られて、あるプレミア・ライブに行ってきました。ヴィジュアル系な音楽が苦手な僕には拷問とも思える数時間でしたが、得たものもありました。控え室に遊びに来ていたある売れっ子モデルのメアドです。連れて行った義妹が聞き出してくれました。でかしたぞ義妹よ、ってだからどうなるわけでもないのですが(笑)。ところで「元気を貰う」という表現を使う人がいますが、あれってあげたりもらったりするものなんでしょうか。利息は要らないんで、昨日の分だけでも返して欲しいです。
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写真は博物館網走監獄にて「面会の図」。本文とは関係ありません。なくもないか。
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by unchained_melody | 2008-05-06 12:25 | Music

ある日のコンソール

暗がりで淡い光を放つVUメーターや整然と並んだノブを眺め、至上の安らぎを感じるのは異常なんでしょうか。車好きな人が、磨き上げられたピストンの鈍い光沢に恍惚とするように、スタジオに並んだ機材群を僕はいとおしく思います。機械は裏切らない、と言いますが、人にも裏切られた覚えのない僕には、あまり実感がわきません。ただ黙々とデジタルな波形を呼吸し続ける機材たちに、遠くの見たこともない誰かが命を削るようにして作り上げたプライドを思います。そこに、誰かが確かに生きていた証を。
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by unchained_melody | 2008-03-18 13:02 | Music

500 Miles

ごく最近まで、僕はあまり「家」というものを意識しないできました。いつでもどこにでも行けるよう最小限の荷物しか持たず、半年以上帝国ホテルに部屋を借りて暮らしたこともありました。ずっと「家」は、仕事が終わって、ただ寝るだけの場所でした。結婚して家が少しずつ家庭の体裁を整えるようになって、僕は家に帰りたいと思うようになりました。

家に帰りたい思いを歌った歌はたくさんあります。でも帰りたいのに帰れない、旅立っていく複雑な思いを歌った歌に魅かれます。最近よく聴くのはLeyona(玲葉奈)が歌う「500マイル」です。Peter, Paul & Maryの原曲に忌野清志郎が歌詞を付けたもので、清志郎自身が歌うバージョンもありますが、原曲のやりきれない悲しみが増幅してます。

500マイル
次の汽車が駅に着いたら/この街を離れ遠く
500マイルの見知らぬ街へ/僕は出ていく500マイル
ひとつふたつみっつよっつ/思い出数えて500マイル
優しい人よ愛しい友よ/懐かしい家よさよなら

汽車の窓に映った夢よ/帰りたい心おさえて
おさえておさえておさえておさえて/泣きたくなるのをおさえて
次の汽車が駅に着いたら/この街を離れ500マイル

500 Miles by Peter, Paul & Mary
If you miss the train I'm on, you will know that I am gone
もしも私の乗るこの列車に遅れたら、もう二度と会えないと思ってね
You can hear the whistle blow a hundred miles,
あなたには100マイルもの彼方からの汽笛が聞こえるかしら
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昔、500マイルって、すごく遠かったんだろうな。ネットも携帯電話もなくて、もしかしたら二度と会えないかもしれない、そういう思いが人の別れと出会いを今よりもずっと濃いものにしていた気がします。
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by unchained_melody | 2008-02-01 02:12 | Music

Corinne Bailey Raeを聴きに

僕の行きつけのプロショップ、スーパーオートバックス某店にて、F430にCDユニットを取付けてきました。以前のエントリーにも書きましたが、なかなか見栄えのする(違和感のない)ユニットが見当たらなかったのですが、ようやく満足のいくモノに巡り会いました。carrozzeria DEH-P910です。iPodもダイレクトにコントロールできます。

お台場に打ち合わせにいった帰り、ふらりと立ち寄り衝動買い。なぜそんなに欲しくなったかというと、スタジオで流れていたCorinne Bailey Raeが頭から離れず、どうしても走りながら聴きたくなってしまったからデス。店内のカフェにてゲンロクなど読みながら時間をつぶし、とろけるようなLike A Starを聴きながら、家路に着いたのでした。
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YouTubeからPVがどんどん消えてますね、、。
PVはその名の通りプロモーションに有効活用すべきだと思うんですが。

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by unchained_melody | 2008-01-26 02:35 | Music

Perfume

ある雑誌のインタビューで、2007年にリリースされた楽曲で最も印象に残ったものは?という質問があり、僕は、Perfume「ポリリズム」を選びました。underworldを彷彿させる強度のあるループに最新のクラブの音を散りばめたトラック、そこに不思議でノリのいいダンスが乗っかるとき、新しいテクノポップの降臨をみた思いがしました。エフェクト処理された声が「ああプラスティックみたいな恋だ」と淡々と歌い、執拗に繰り返すリフレインが、生きていないロボットたちの恋の歌のようで切なささえ感じました。

いまJ-POPは、CDの売上に関して言えば、自動車産業同様失速状態にあります。先週のオリコンCDチャートでは、1位で2.5万枚弱しか売れていません。枚数だけで考えれば、三千万円もあれば(一週間だけは)一位を獲ることができます。ただ車と同様に、爆発的に売れる「国民的」楽曲はなくなっても、クリエイターに音楽を作る力が衰えた訳ではなく、千の風云々みたいな意味不明な曲やカビの生えたカバーアルバムが蔓延する閉塞感の裏で、世界に誇れるこんなキュートな楽曲が生まれていたりもするんですよね。
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idlemaster meets Perfume - Perfect Star Perfect Style
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by unchained_melody | 2008-01-21 19:27 | Music

風に吹かれて

少し前のエントリーで、音楽なんてなくても生きていけると暴言を吐いた僕ですが、あれは間違いでした。森高千里の楽曲がなくては生きていけないし、またたとえ生きていけたとしても、森高千里の楽曲がない世界はきっととても味気なくつまらないものになると思います。お詫びして訂正します(笑)

「雨」から「渡良瀬橋」、「風に吹かれて」と続くiTunesの選曲を聴いていると、息苦しいような既視感に襲われます。森高千里の楽曲が、すべて失われたものに対して言及しているからでしょうか。広告代理店で働いていた頃、僕は無謀にも彼女にCF用の楽曲の制作を依頼したことがありました。クライアントの気まぐれで企画は流れてしまい、事務所にその件で平身低頭詫びを入れると、しばらくして本人から電話が入りました。そんなに気にしないでください、と彼女は言い、でも途中まで書いてたんですよ、と受話器の向こうで笑っていました。「何か別の使い道を考えるんで、大丈夫です」。

彼女のいう別の使い道が何だったのか、僕に知る由もありませんが、僕がお願いした楽曲はいまどこで何をしてるんだろう。霧雨のなか色彩を失った東京の夜景を眺めながら、今でも時々産み落とされることのなかった楽曲のことを考えます。

風に吹かれて

県道沿いに並んだ小さな温泉宿
近くには小川が流れてる
おいしい空気を吸って青い空見上げれば
少し元気になれるかな 行ってみたいな

遠い街ならあなたのこと思い出にできそうだわ
浴衣を羽織って絵はがき書こう あなたに
遠い街なら辛い恋も風が運んでくれそう
ゆっくりゆっくり空に消えて行くでしょう
どこか遠いところへ行きたいな

昨日の夜はあなたのこと許せなかった私は
本当に本当に今は忘れたいだけ
どこか遠いところへ行きたいな

森高千里
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by unchained_melody | 2007-12-12 18:40 | Music

音楽を剥がす人たち

僕は普段音楽を聴きません。僕はそれほど音楽が好きじゃない。正確には、好きな曲はいくつもあるけれど、それが聴けなくても特に困らない。仕事で深く音楽に関わっているからでしょう、という人もいるけれど、それも少し違う気がします。昔TowerRecordのキャッチコピーで、No Music No Lifeがリリースされたときは、すごくカッコいいフレーズだなと感心はしたけれど、何かがないと死んでしまうなんて、だだっ子的な弱い発想と当時から思っていました。いつも肌身離さずiPodを持っていて、隙があればヘッドホンを耳にねじ込み、目を閉じてからだを揺らせているひとを見かけるけれど、そういうひとに限ってロクな音楽を聴いていない気がする。勝手な偏見ですが、ある種平和ボケした現代に特徴的なひ弱な現象に思えて仕方ありません。

この国ではどこにいってもBGMが流れていて、もう隙間がない。有線放送というビジネスの影響も大きいと思うけど、書店でもラウンジでも観光地でもまんべんなく音が埋まっている状態です。僕はふと会話が途切れる瞬間や、風景から音がなくなる瞬間がいとおしい。そういう隙間にこそ音(楽)のダイナミズムが潜んでいると思うんです。垂れ流される音楽はやがて深度を失って、ひとの感受性をも鈍らせていく。音楽が、ゲームや映画、テレビといった主人公の引き立て役に甘んじ、それ自体では完結しない不完全なエンターテインメントに成り下がろうとしていることが、僕はちょっと悔しいのかも知れません。音楽と真摯に向かいあってきたヨーロッパの都市を旅すると、BGMなどどこにもない。音楽の強度を再発見するために、iPodを置いて旅に出ることもいいかも知れません。

Ain't It Romantic? それは音楽じゃない。
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by unchained_melody | 2007-11-20 23:14 | Music

光臨

佐野元春のスタジオライブをBSで見た。この人がヒーローだった時代はすでに過ぎ去ってしまった。「街」をストリートと言い換えることで、佐野元春の音楽はとびきりの鮮度を獲得した。バンドの醍醐味とは以心伝心でスタッフと感じ合い、そこに音楽の神様が降りてきてサンキュー。佐野元春しか言えない台詞だなぁ。

この間ニューヨークに行ったとき、エージェントの計らいで、歌姫R....のレコーディングに立ち会うことができた。狭く古ぼけたスタジオに、スタッフはたったの4人。そのうち一人はエンジニアで、一人はプロデューサーにしてトラックメイカーである若いDJ、もう一人はラッパーで、そして19歳にして今日の主役。これだけの人数でダブルミリオンを生み出している事実にまず驚愕。リラックスした雰囲気でのリハーサルのあと、モニターから流れ出す音には音圧も十分で、ミキサーの腕の確かさがうかがえる。シンプルなリズムセットにベースがからみ、思わず体が動いてしまう。カメラマンが入っているので、理由を訊くとジャケ写もいっしょに撮ってしまうんだと。あり得ない話。

さて、音楽の神様は場所を選ばず降りてきて、あわれなミュージシャンの耳元にそっとささやいていく。あるとき突然、ヴォーカルブースから思いもかけないフレーズが流れ、ギタリストの左手が軽やかなアドリブを奏で始める。鳥肌が立つのはほとんど同時だ。テクニカルな意味でレコーディングのためにニューヨークに行く理由などない、と以前書いた。ただ理由が一つあるとすれば、どういうわけかニューヨークやロンドンには神様が降りてくる確率が極度に高いと言うこと。これは宝くじの一等が銀座の某所で出やすい、ということに意味としては近い。音楽する行為とは、どれほど自分が音楽に魂を捧げているか、音楽に献身的であるかを神に向けてアピールしあうことに他ならない。ただ神様は(音楽の神様に限らず)往々にして怠け者で気まぐれなことが多いので、ひたむきさが良好な結果を生むとは限らない。そこが難しいところ。
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by unchained_melody | 2007-08-09 15:56 | Music

閉じられた音楽

リンク先のライフログを見る限り、青春時代を洋楽とともに送られた方が多いように見受けられます。若い頃には「歌謡曲」などほとんど聴いたことがないという人もあるはず。いま大御所と呼ばれるミュージシャンの多くは、当然のように洋楽のコピーから音楽を始め、楽曲を発表してきました。ただそうした風潮は数年前から変貌を遂げ、驚いたことに今や日本の音楽しか聴かないミュージシャンが大勢を占めつつあるようです。

R&Bのコモディティ化が進み、J-POPにおいても歌謡曲だと思ってたら間奏でいきなりラップが流れだすなんてコトは茶飯事ですが、実際に活躍中の若いラッパーやDJたちと話してみると、別段海外のアーティストの影響を受けたわけでもない。リスペクトの対象として彼らは嬉々として日本人のラッパーやトラックメイカーの名前を挙げます。彼らは日本人によるヒップホップを聴いて、ヒップホップに目覚めてしまった世代です。

たとえばNYで演歌を歌う米国籍のアーティストがいたとして、彼が北島三郎を知らないとしたら、いくら上手でももぐりと言わざるを得ない。同様に日本でラップを歌っていて、エミネムを知らないとまずいと思うんです。だから英語でラップをやれ、ということではありません。知っていたからどうということもないけれど、やはり本家を知っているのと知らないのとでは、作品の奥行きが違う気がします。

そしてもっと感慨を受けたのは、ゆずやコブクロといったアーティストの存在です。黒系リズム命な僕は、男二人のフォークユニットが苦手だったのですが、最近ヨメがはまっているコブクロを車の中で聴いてみて、彼らの純「和製」ぶりに驚きました。どこにも洋楽の影響がありません。そのメロディはセンチメンタルで、紛れもなく日本固有のもの。かつて桑田圭祐がサビに英語を使い歌謡曲の再構築を図ったことなど遠い夢のようです。

言い換えれば、日本の若者たちは洋楽の呪縛から逃れ、自分たちの音楽を(商業的にも)胸を張って歌えるようになった、というコトかも知れません。コンプレックスを解消することで近代化は達成される。それにしてもいつから日本人は洋楽を聴かなくなってしまったのでしょう。世界のヒットチャートを見ればわかるように、日本のチャートはどの国の影響も受けず、またどの国にも影響を与えません。まさに孤高のヒットチャート。

洋楽を聴く意味がない、と若い子たちは言います。言語の障壁も高いのかも知れません。僕たちは音楽的にかつてないムラ社会を生きています。仲間内でまどろむムラ社会は居心地はいいけれど、セールスの観点から見た時、物足りないものがあります。日本人の楽曲が海外で正当な評価を受け、セールス的に成功することができたときこそ、本当の意味で歌謡曲が近代化を果たしたということができるのだと思います。
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by unchained_melody | 2007-06-19 19:17 | Music

ymo

キリンラガーCMのYMOバージョンを耳にします。僕にはYMOが全盛期だった頃の記憶がありません。当時、つまり1980年代の前半僕はまだ小学生で、日々ピアノのレッスンに明け暮れていました。中学になってバンドを始め、その頃友達が聴かせてくれたテープにRydeenがあったのは覚えています。高校ではソウルやファンク系の泥臭い音楽に夢中で、ライブハウスやクラブでクラプトンやスライ&ザ・ファミリーストーンとかのコピーを演奏していました。要するにYMOのシーケンスプレイと対極にある音楽です。

サディスティック・ミカ・バンドを復活させたスキームで、今回のYMOも40〜50代男性の郷愁をターゲットに据えて展開しているんだと思いますが、何であれRydeenの新しいアレンジの素敵さにびっくりしました。リンク先のYou Tubeは、3年ほど前にBSでオンエアされたスタジオライブの模様です。コンピュータの介入なしの白熱のマニュアルプレイ。はっきり言ってめちゃくちゃカッコいいです。もともと楽器が弾けて音楽がわかっている人たちだから、あれほどのブームを起こすことができたんだと思います。
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Rydeen by どてらYMO
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by unchained_melody | 2007-04-18 12:00 | Music